台風シーズンや、予測の難しいゲリラ豪雨。毎年のように聞かれる水害のニュースに、愛車を案じるライダーの方も多いのではないでしょうか。大切にしているバイクが、泥水に浸かってしまった光景を想像するだけで、胸が痛むものです。
万が一、バイクが水没してしまったとき、パニックから誤った行動を取ってしまうと、修理可能なはずの愛車に致命的なダメージを与えてしまうことさえあります。「もうダメかもしれない」と諦めてしまう前に、知っておくべきことがあります。
この記事では、水没してしまったバイクに対して絶対にしてはいけないことから、復活への正しい道のり、そして愛車を水害から守るための事前の対策まで、すべてのライダーに知ってほしい重要なポイントを詳しく解説します。
水没してしまったら?絶対にやってはいけないこと
目の前の光景に動揺し、すぐにでも状態を確認したい気持ちは痛いほど分かります。しかし、その焦りが、取り返しのつかない事態を招くことがあります。
愛車を救うための第一歩は、「何もしない」勇気を持つこと。特に、以下の行動は絶対に避けてください。
.エンジン始動は厳禁!「ウォーターハンマー」の恐怖
水没したバイクに対して、ライダーが最もやってしまいがちな、そして最も致命的な過ちが「エンジンをかけようとすること」です。キーをオンにしたり、セルモーターを回したりする行為は絶対にやめてください。
エンジン内部、特に燃焼室(シリンダー)に水が浸入している場合、エンジンを始動させようとすると「ウォーターハンマー現象」が発生します。本来、空気とガソリンの混合気を圧縮するはずのピストンが、圧縮できない液体である水を無理やり圧縮しようとすることで、逃げ場のない凄まじい力がかかります。その結果、ピストンやコンロッドといったエンジン内部の精密な部品が、一瞬で折れ曲がったり、破壊されたりしてしまうのです。この状態になると、エンジンの修理は極めて困難、あるいは不可能となり、高額なエンジン載せ替えか、廃車という選択を迫られることになります。
愛車を復活させるための正しい手順
最悪の事態を避けることができたら、次は愛車を復活させるための具体的なステップに進みます。ここでの鉄則は、「可能な限り早く、プロの手に委ねる」こと。時間との勝負が始まります。
まずは現状の確認と記録から
可能であれば、バイクを動かす前に、水没した状況を写真に撮っておきましょう。どの高さまで水が来たのか(マフラーの排気口までか、エンジン全体か、ハンドルまでか)、周囲の状況などが分かる写真は、後に保険を申請する際の重要な証拠となります。被害状況を確認したら、まずはバイクを安全で平坦な場所へ移動させ、車体を傾けるなどしてマフラーなどから内部の水を抜けるだけ抜いておきましょう。このとき、無理に洗車をする必要はありません。
可能な限り早く、プロに相談を
水没したバイクの最大の敵は、目に見える泥汚れ以上に、時間経過と共に進行する「錆」と「腐食」です。特にエンジン内部や電気系統のコネクター部分、ホイールのベアリングといった精密部品は、一度水や泥が浸入すると、内部から急速に錆びていきます。見た目が乾いたように見えても、内部に残った水分が深刻なダメージを与え続けるのです。一刻も早く、信頼できるバイクショップや修理専門店に連絡を取り、引き取りと修理を依頼してください。自分自身で修理を試みるのは、相応の知識と技術、設備がなければ極めて困難であり、かえって状態を悪化させる危険性が高いのです。
修理でどのような作業が行われるのか
専門店では、非常に多くの工程を踏み、バイクを復活を試みます。まず、エンジンオイルや冷却水をすべて抜き、水や泥を排出。その後、新しいエンジンオイルを何度も入れては抜く「フラッシング」という作業で、エンジン内部を徹底的に洗浄します。スパークプラグを外し、エアクリーナーやキャブレターやインジェクションといった燃料系統、電装系の部品もすべて分解・洗浄・乾燥させます。
さらに、ブレーキやホイールの軸受けといった足回りの部品も分解し、内部の泥を洗浄して新しいグリスを塗り直す「オーバーホール」作業も不可欠です。これらの緻密な作業を経て、初めてバイクは安全に走れる状態に戻るのです。
これからの季節に備える愛車を水没から守るための対策
最も良いのは、もちろん水没させないことです。近年の気候変動により、台風やゲリラ豪雨はいつ、どこで発生してもおかしくありません。日頃から万が一の事態を想定し、愛車を守るための対策を講じておきましょう。
天気予報をこまめに確認し、危険を察知する
基本中の基本ですが、台風の接近や大雨警報が発令された際には、天気予報や自治体からの情報をこまめに確認することが第一歩です。特に、河川の近くや低地、アンダーパスなど、自分の駐車場所が浸水のリスクがあるエリアかどうかを、ハザードマップなどで事前に確認しておくことが重要です。危険が予測される場合は、早め早めの行動が愛車を守ることにつながります。
安全な場所へバイクを避難させる
もし駐車場所が危険だと判断した場合、可能な限り安全な場所へバイクを移動させましょう。最も理想的なのは、高台にある建物の中や、立体駐車場の上層階です。それが難しい場合でも、少しでも標高の高い場所へ移動させるだけで、被害を免れる可能性は大きく高まります。浸水はほんの数十センチの高さの違いで明暗が分かれることも少なくありません。
避難が難しい場合の対策
バイクの移動がどうしても難しい場合は、その場でできる限りの対策を行います。まず、バイクカバーをかけて車体を保護しますが、このときカバーが風をはらんで帆のようになり、バイクを転倒させないよう、ロープやタイダウンベルトで車体ごと柱やフェンスといった固定物にしっかりと結びつけておきましょう。ギアを1速に入れておくと、車体が動きにくくなります。また、マフラーの排気口から水が浸入しないよう、ガムテープなどで塞いでおくのも、被害を少しでも軽らするための有効な手段です。
まとめ
ライダーにとって、愛車は単なる移動手段ではなく、かけがえのない相棒です。その相棒が水に浸かるという事態は、想像するだけでも辛いもの。しかし、そんな万が一の時にこそ、冷静な判断が求められます。
「エンジンをかけない」という鉄則を守り、一刻も早くプロの助けを求めること。そして、何よりも大切なのは、日頃から天気に関心を持ち、危険を察知したら愛車を安全な場所へ移動させるという、事前の備えです。
自然の力の前では無力に感じることもありますが、正しい知識と事前の対策は、間違いなく被害を最小限に抑える力となります。愛車への日々の愛情を、ぜひ防災という形でも注いであげてください。それが、長く豊かなバイクライフを続けるための、最も確かな道筋なのです。